日本文学 / 11 QUOTES

中島敦の名言

中島敦の言葉を、出典と前後の背景へ戻して読みます。短い一行から原典と関連書へ進めます。

VERIFIED SOURCES

11件の言葉と1件の出典

同じ人物の言葉でも、著作、演説、公式記録によって語られた状況は異なります。各記事で出典と場面を確かめられます。

1942共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。『山月記』1942下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。『山月記』1942しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。『山月記』1942作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。『山月記』1942己は、己の詩集が長安風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。『山月記』1942人間であった時、己は努めて人との交りを避けた。『山月記』1942実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。『山月記』1942人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。『山月記』1942人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い『山月記』1942己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。『山月記』1942己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。『山月記』